身勝手なあいつ【3】

「はぁ〜」
机に顔を伏せ溜め息をついていると、帰る準備を終えた俊輔が怪訝そうな表情を浮かべてこちらへやってきた。
帰りのホームルームは終わったばかりで、教室内はまだ生徒たちでざわついていた。
「慶太、溜め息なんかついてどうしたんだよ」
「俊輔・・・」
俊輔が俺の前の席へ座り、こちらを向く。
「今日から新しい家族と住むって言ってなかったっけ。早く帰らなくて大丈夫なのか?」
「・・・それを言うな」
俺は俊輔の言葉に顔を顰めた。
先日の顔合わせ―あの最悪の出来事から一週間が経った。
引越しも終わり、今日から家族四人で住む予定になっていた。
元々義彦さんたちは一軒家に住んでおり、そこに俺と母さんが引越しすることになっていたのだ。
「家に帰りたくないなぁ。あいつと顔をあわせたくないし・・・」
「あいつ?」
「うん。兄貴が出来るって言っただろ?そいつがもう、性格がすっごく最悪な奴でさ。これからずっとあんな奴と一緒に暮らすかと思うと家にも帰りたくなくなるってわけ」
もう一度溜め息をつくと、俊輔はそんな俺の姿に同情したのか眉尻を下げる。
「はぁ、お前も大変だなぁ。でも最悪ってどんなふうに?」
「とにかく時間にルーズだし、女ったらしだし。あ、それにいい加減。外見だってピアスとかしてチャラチャラしててさ・・・」
思い出したらまた腹が立ってきて、あいつの思いつく限りの悪口を早口で言う。
言葉に出すと少しすっきりしたような気がする・・・と気楽なことを考えていると、バタンと勢いよく教室のドアが開く音が響いた。
「慶太くんっ」
声のするほうを見ると、そこには息を切らせて立っている女生徒の姿があった。クラスメイトの高橋だ。
「なに?」
何事かと問うと、高橋は俺たちのほうへ早歩きで向かってくる。
「なにじゃないわよぅ。慶太くんってあんなに格好いいお兄さんがいたの?あたしびっくりしちゃった。そこらへんの芸能人より全然素敵なんだもん」
頬を真っ赤にして、興奮気味に捲くし立てる彼女に俺と俊輔は呆気にとられる。
何故、高橋は俺に兄が出来たことを知っているのだろうか?
俺の困惑などまったく気付いていない高橋のマシンガントークは更に続く。
「あのちょっと悪ぶった雰囲気が最高よね〜。あたしと一緒にいた由美なんて一目惚れしちゃってたみたいだし。あたしもあんな人なら、騙されてもいいから付き合ってみたいなぁ。でもそもそも、あたしなんて相手にされないよね。だってあんなに格好いいんだもん。彼女のひとりやふたり・・・」
「ちょ、ちょっと待て高橋。話が全然見えないんだけど・・・」
このまま放っておくと延々と続きそうだと慌てて途中で口を挟む。
高橋は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、ようやく自分の目的を思い出したのか笑いながら「ごめんごめん」と謝った。
「そうそう。それで、校門で慶太くんのお兄さんに会ってね。クラスメイトだって言ったら、待ってるからそう伝えてくれって頼まれたのよ」
「・・・は?」
理解できないといった俺の様子に、今まで黙っていた俊輔が口を開いた。
「慶太、あれじゃないのか?」
指差したのは窓の外。
慌てて見てみると校門にはちょっとした人だかりが出来ていた。
同じ制服に身を包んだ人物ばかりがいる中で、ただひとり私服の長身の男が輪の中心に立っていた。
その人物を確認して呆然とする。
「嘘だろぉ・・・」
何度確かめても校門に立っているのは、今もっとも会いたくない人物である充だった。
「なんで来てるんだよ・・・」
がくりと項垂れている俺の肩を俊輔は励ますように叩く。
「嫌な気持ちは分かるけど、早いとこ行っとかないと、えらい騒ぎになるぞ?」
「・・・だな」
どうしてだか分からないが、今でさえあれだけ人を集めているのだ。
これ以上放っておいてたら、生徒だけでなく教師までもが何事かと騒ぎはじめるかもしれない。
俺は鞄を手に掛けるとのろのろと立ち上がる。
「高橋、伝えてくれてありがと」
いまだぽーっと夢見心地の表情を浮かべている高橋に、とりあえず礼を述べる。
内心、余計な伝言を頼まれてくれて・・・と恨めしい気持ちになるが、それをぐっと抑えてどうにか口元に笑みを浮かべた。




靴を履き校門へ向かう。
遠目から見ても先ほどより明らかに増えた人の多さに、内心げんなりする。
集まっているのが女生徒ばかりだということに気付いたのは近付いてからだった。
同級生から上級生まで、挙句の果てにはどこからやってきたのか他校の高校生まで混じっている。
きゃあきゃあと黄色い声に耳を塞ぎたくなる衝動を抑えて、その輪の中へ入っていく。
中心には壁にもたれ掛って楽しそうに女生徒と会話する充の姿が見て取れた。
「ここの学校ってほんと可愛い子が多いんだね」
充が調子のいいことを言うと、それだけで周りがキャー!と声援をあげ、色めき立つ。
俺はその異様な光景に口を出すことができず、ただ傍観してしまう。
「今日は彼女を待ってるんじゃないんですかー?」
「ん?今、待ってるのは弟」
突然出た自分の話題にびっくりしていると、充がとんでもないことを言い出した。
「あ、そうだ。誰か弟の彼女になってやってよ。あいつったらまだ彼女もいないみたいでさぁ」
(は・・・?)
このままだと更に余計なことを言い出しそうだと、俺は慌てて人を掻き分け、充の前へ仁王立ちになる。
「ちょっと、なに勝手なこと言ってんだよっ」
充は急に出てきた俺に驚くこともなく、「なにが?」ととぼけてみせた。
その言動に怒りが余計に煽られる。
「俺がいつ彼女がほしいなんて言ったんだよ」
「なに本気にしてんだよ。冗談に決まってるだろ、冗談。それともお前、マジで彼女いないのか?」
ニヤニヤと人の悪そうな顔を見た瞬間、やっと自分がからかわれていることに気付きバツが悪くなった。
内心単純な自分に舌打ちしながら、充と視線を逸らす。
ハッと気付くと、周りの女生徒たちが「この子が弟?」「似てなーい」などと勝手なことを小声で囁きあいながら、俺たちの様子を伺っていた。
その視線に居心地の悪さを感じ、充の手を強引に掴むとその輪から急いで出て行く。
充はそんな俺の行動を楽しそうに眺めながら、あれだけ楽しそうに会話をしていたのにも関わらず女の子たちのほうを一度も振り返らずに、俺に連れられるままその場を後にする。
校門を出て、誰の目にも届かない場所まで来たところで、俺は眉をキッとあげて充のほうへ振り返った。
「なんで迎えに来たんだよ」
「ん〜?なんでって、お前が嫌がるだろうと思って」
充は悪びれもなくそう言ってのける。
ろくでもない理由だと予想はしていたが、まさかそんな返事が返ってくるとは思わず絶句した。
「なっ・・・。やっぱりあんたって悪趣味なやつ」
「その悪趣味なやつと手を繋いでいるのは誰だろうな?」
充はクスクスと笑いながら、握られたままの手を目線まで上げた。
指摘されやっと自分が充の手を掴んだままだったことを思い出し、その手を振り払うように離した。
「誰があんたと手なんか繋ぐんだよ・・・っ」
その様子を見てまだ充は楽しそうに笑っている。まるで俺自身が笑われているようで、気分が悪い。
(・・・ったく、なにが面白いんだよ)
毒づいていると、「そういえば」と充が顔を上げた。
「慶太、さっきから気になってたんだけどな」
「・・・なんだよ」
「兄貴に向かって“あんた”はないだろ?」
そう言いながら腰を屈め俺の顔を覗き込んだ。
充と会う前は『充さん』と呼ぶつもりでいたのだが、実際に会ってみて『さん』を付けるのがバカらしくなった。
かと言って今さらお兄ちゃんとか兄貴とも呼ぶのも気恥ずかしくて、正直どう呼んでいいのか戸惑っていたのだ。
「・・・じゃあ、なんて呼べっていうんだよ。言っとくけど、お兄ちゃんなんて死んでも呼ばないからな」
「俺だってそんなん恥ずかしくてやだね。そうだなぁ・・・」
顎に手をあて考えるような仕草をする。
そしてニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた。
「そうだ。充さまって呼ぶのはどうだ?」
「〜〜もういい!俺ひとりで帰るっ!」
(真面目に聞いた俺がバカだった)
充をその場へ残していくと、俺は怒りに任せてずんずんと足を進めた。


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