七年目の熱情【2】 ―かわいいね。― (一成視点)
一成は一軒のアパートを見上げた。
七年ぶりに見る建物はコンクリートが変色し脆くなっている部分があり、記憶の中と比べるとずいぶん古びていて、それが離れていた歳月を実感させる。
七年前―ここを離れるとき、一番最後に見たのはひとりの少年の泣き顔だった。
今でも当時の光景を鮮明に蘇らせることができる。
当時はまだ幼く泣き虫だった直哉。
一成の心から七年経ったいまでも棲みついて離れない、唯一の存在だった。
あれから一度も会っていない。
久しぶりの再会に、一成はひっそりと笑みを浮かべた。
エレベーターはないので階段を使い、目的の部屋へと向かう。
昔ながらの金属で出来た重たい扉は、所々が茶色くさびついていた。
チャイムを押そうと指に手を伸ばすと、同時に後ろからタンタンと誰かが階段を上ってくる足音が聞こえる。
振り向くとちょうど相手の顔が見えた。
相手もこちらに気付き顔を上げた。そこそこ上背のある、顔立ちの整った青年だ。
柔らかそうなブラウンの髪は長めで、そこから覗くくっきりとした二重の瞳が印象的だった。
一瞬の間のあと、青年は一成の存在を認識すると瞳を大きく開き、驚いた表情を浮かべた。
体こそ大きくなったものの、浮かべる表情や、好奇心旺盛な瞳は昔と変わっていなかった。
一成が口元に微笑を浮かべると、青年――直哉は狼狽したように一歩後ずさった。
「・・・もしかして、一成・・・?」
別れるときはソプラノだった声も、今ではすっかり声変わりをしていた。
しかし、あの頃と変わらず、自分のことを名前で呼ぶ直哉に自然と笑みを深くする。
「久しぶり、直哉。随分大きくなったね」
「なっ・・・。あ、当たり前だろ」
一成としては正直なことを言ったまでだが、直哉はまるで子供にでも言うようなその言葉にかっとする。
だが、威勢の良かったのはそれまでで、一成の顔をもう一度見るとふっと視線を逸らし遠くを見つめた。
「だって・・・、あんたが出て行って、もう七年も経つんだぜ?」
直哉は律儀にも離れていた間の年数を覚えていた。
その顔は気付かれないようにこっそりと歯を食いしばり、瞳はなにかを堪えるように遠くを見ている。
(あ、直哉泣きそう)
昔から泣き虫だったのに、そのくせ誰かに泣き顔を見られるのが嫌でいつも泣くことを堪えていた直哉。
その仕草は今でも変わっていなくて、でも当の本人はすっかり忘れているらしく、必死に誤魔化そうとしている。
一成はそれには気付かないふりをしてにっこりと笑うと、手に持っていた紙袋を目の前に掲げた。
「手土産があるんだけど・・・。良かったら部屋に上げてもらっていいかな」
直哉ははっとすると、
「あ、うん。でも散らかってるからちょっと待ってて」
鍵を開けると慌てて部屋の中へ入っていった。
その背中を見つめて一成は改めて実感する。
自分自身の気持ちを。
(かわいい私の直哉―)
今度こそ離さない、そう心の中で誓った。
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