七年目の熱情【3】   ―止まらないスピード― (直哉視点)


コーヒーを淹れる手が震えて、カップがカチャカチャと小刻みに鳴る。
未だ信じられなくてドキドキとうるさい胸に手を当てた。
そろりと相手に悟られないようにその顔を盗み見る。
七年ぶりに再会した一成は、大人の色香漂う、とてもいい男になっていた。
昔と変わらないスーツの似合う逞しい体躯に、印象に残る男らしい貌。
後ろに撫で付けた髪からはらりと落ちる前髪がなんともセクシーだった。
さっき玄関の前にいる一成を見たときは、オレの妄想が作り出した錯覚かと思った。
だってこの七年間、一成は一度もここへ帰ってきたことはなかったから。
もう一生会えないかもしれないと本気で思っていた。
それでも気持ちに終止符を打てない自分に、苛立ちと虚しさを覚えていた。
だから今、自分の目の前に一成がいるのが本当に信じられなくて―。
「お待たせ」
リビングのソファに座っている一成の前にブラックコーヒーを、自分の前にカフェオレを置く。
「ブラックしか飲まないこと、覚えててくれたんだ」
指摘されて、細かいことまで覚えている自分が女々しいように思えて少し頬を染める。
「まあね。あ、そういえばオレさ、コーヒー飲めるようになったんだぜ?子供のときは苦くて飲めなかっただろ。
・・・まあ、今でもミルクを入れなきゃ飲めないんだけどさ」
言ったあとで、そんなことまで覚えているはずがない・・・と、浮かれて余計なことまで口走った自分に舌打ちをした。
しかし予想に反して一成は、
「昔はコーヒーの香りだけでも嫌いだったよね、直哉は」
そう言ってコーヒーに口を付けた。
「・・・覚えてたんだ、そんなこと」
軽く目を瞠る。
些細なことを覚えていてくれたことに、素っ気無い口ぶりで返答しながらも、心の中で喜んだ。
そんな胸中を知ってか知らずか、一成は更にオレの喜ばすことを口にする。
「直哉のことなら、なんでも覚えているよ」
嬉しいと感じると同時に、そんなことを言うなら何故ずっと帰ってこなかったんだ、そう罵りたい衝動に駆られる。
しかし実際責めることなんて出来ずに、オレはただ俯いてカフェオレを飲むことに集中した。
しばらく沈黙がふたりの間を流れる。
シンとした空間を破ったのは一成だった。
「そういえば、直哉は今年で二十歳になったんだよね。今はなにしてるの?」
「えーっと、一応大学生」
一応、とつけたのは大して学業には励んでいないからだ。
「学生か、今が一番楽しい時期だろうね。もう恋人はいるの?」
「・・・なっ」
「なんだ、別に隠すことでもないだろう」
「・・・今は誰とも付き合ってない」
ぶっきらぼうに答える。
もっとも誰かと付き合っていた間も、一成のことが忘れられなかったのだが。
これ以上突っ込まれたことを聞かれたくなくて、話題をかえた。
「それより、弁護士の仕事はどう?」
努めて明るい声で話す。
「ん、それなりに忙しいよ。そろそろ独立も考えてるしね」
「へー、やっぱり一成はすごいなぁ。ずっと忙しかったんなら、こっちに帰ってこれなかったのも仕方ないよな」
ぽろりと出た本音。
「・・・私がいなくて寂しかった?」
一成の言葉に自分が口を滑らせたことに気付き、慌てて口を押さえるが無意味だった。
いまさら嘘を言っても仕方がないと渋々頷く。
「・・・そりゃな。東京なんてそう遠くないし、たまには帰ってくるだろうって気楽に考えてたよ。
それなのに誰かさんは帰ってくるどころか、電話の一本も寄越さないんだもんなぁ。捨てられたと思ったぜ」
軽い口調で冗談めかして言ったが、全て本心だった。
一成も冗談で返してくれるだろうと思っていたのだが、黙ったままで何も言ってこない様子に段々といたたまれなくなってくる。
「・・・コーヒー、もう一杯いれてくるよ」
オレはカップをふたつ持つとキッチンへ逃げ込んだ。


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